2011年1月4日火曜日

首相、野党時代の追及を反省…政局中心すぎた : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

首相、野党時代の追及を反省…政局中心すぎた : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

昨日自民党を批判したらこれ。僕はまだこの首相に期待している。なんにせよ己を省みるというのはいいこと。

というより、本質的には、これはマスコミがちゃんと指摘しておくべきことだったのではないかと思う。

自民党に大いに失望

自民がTPP賛否先送り、党内でも意見割れ (読売新聞) - Yahoo!ニュース

「民主党政権のもとでの(TPP)加入には反対する」

これじゃ単なる政局じゃないか・・・少しは生まれ変わったと思ったのに、なんとまだこんな情けなく恥ずかしいことを公に言うなんて。かっこわる!政権を取るレベルの政党は、日本国がどうなるかを基準にどう動くか決めるべきだ。つまり、TPPが日本国をよくすると考えるなら、たとえそれが相手を利するにしても時期を逸せず参加に賛成すべきだ。それがたとえ自らの利益団体の既得権益を害するとしても、日本国民全体のためにそれを選択すべきだ。もしそれがダメな政策だと思うならば声を大にして否定せよ。国民に分かりやすく説明して説得せよ。そしてその否定による全ての責任は現党首が取る。当たり前だ。こんな曖昧なこと言って責任逃れかいな。最悪!マスコミは下らないこと野次馬してる暇あったら、こういう政党としての姿勢、在り方についてもっと提言したらどうだろう。

自民党が政権に居続けることが国民にとって害であるとするなら、自ら舞台を降りるほどの覚悟すら必要だった。自民党が野党であっても野党の役割をすら果たせないなら、潰れるべきだ。

いろいろ面倒なこと書いてあるが簡単なことだよね。自民党の政治家には、日本国のためにどうすればいいかわからない。なにを主張すべきかわからない。僕達バカです。とこういうわけだ。

「支持団体の間で意見が分かれ」まだこんなこと言ってんの?これほどのダメさなら、あのダメな民主党ですらましなんじゃないだろうか。しがらみから何一つ抜け出せていない。野党に落ちてすらしがらみから抜けることはできなかった、つまり、潰れる以外に方法はない。民主党でダメなことはわかってる。でもこの自民党はもっとダメだ。

日本は今とてもまずい状態にあって、キリモミしながら急降下しているように見える。

2010年12月18日土曜日

引退撤回を正式表明=「国益に資する行動したい」―鳩山前首相 (時事通信) - Yahoo!ニュース

引退撤回を正式表明=「国益に資する行動したい」―鳩山前首相 (時事通信) - Yahoo!ニュース

おぼっちゃんは、やっぱりだめなんだね。

口先だけ・・・という男は、それはいっぱいいる。鳩山だけに限ったことではない。でも、日本に多くいる口先だけ男は、それが社会的には褒められたものではないことは自覚しているように思われる。すなわち、口先だけで結果が伴わないということは強い非難を浴びることであり、それでもなおものを言うということはそれを覚悟した上で発言しているということであり、それに結果が伴う自信を有するものであろうとみなされる。それは別に日本に限ったことではないし、口先だけ男というのはそのような社会的合意を利用して、わざわざ言うからには正しかろうと信頼させ、結果責任について周到にごまかす能力を有した人間たちのことであろう。

鳩山由紀夫前首相の場合、口先だけで世界第二位の経済大国の指導を行い、ほとんど何等の成果も遺さず自滅し、あまつさえ総理大臣退任後の身の振り方に関してまでも口先だけだった。どうやら、日本にもその他大勢いる口先だけ男とこの人の違いは、この人は口先だけで内容が伴っていないということに対してほとんど何の罪悪感もいだいていないようにみえるという点にある。

なぜそのような人格が形成されたのか。それについてはいくつもの仮説が挙げられるだろうけども、僕が普通に考えた仮説は、おぼっちゃんとして大人になっていないからということだ。なんであそこまで口先だけなんだろう?「ママ、僕こんなこと考えてるよー!!」と言ってほめてもらうためだ。これは、別に誰であっても通過することで子供時代は別にこれでよい。しかしみなそこからオトナになるものだ。大人になると、「それで?結果はどうなの?」というツッコミを食らう。口先だけでは誰も褒めてなどくれないし・・・そもそも「褒めてもらう」ということが人生の目的ではなくなる。

だが、鳩山の行動は今も、だれか、おそらく母親と、沖縄、もちろんネトウヨの言うことは一概に否定できず、中韓を含む戦後に日本を批難している国々、あとは国際世論か?これらから褒めてもらうために行動しているように見える。CO2 25%削減します!(EU、環境団体)「えらいねー」沖縄の米軍基地返還します!沖縄「すごいねー」。そして指導者として何が問題だったかというと、彼の最大の目的はこうやって言った時点で褒めてもらうことそのものであり、褒められた後それを実現することではなかった。大人の社会では、これを実現することで初めて本当の賞賛が得られる。ところが彼は何一つ実現できなかったので、激しく批判されるのは当然のことだ。ところが本人はそれをまったく理解していない。それで、「日本人は足を引っ張り合うので私も引き摺り下ろされた」などという発言が出て来る。「自分は正しく褒められることを言ったのになんでみんな非難するの?」というわけだ。大人の社会では言うだけでは評価にならないということを、本人が根本的に理解していないのだろう。

だから口先だけで、あれほど重要な意思表示をくつがえす。言い訳を論理的に言えればママは許してくれるからだ。鳩山の頭の中からママがいなくなれば、最も国益に資するのは鳩山由紀夫が政界引退することであると気づくだろう。

菅さん、たしかにじゅうぶん有能ではなさそうだが、しかし僕はそこまで嫌いじゃない。こんな愚か者のあとに首相やらされるのはかわいそうだな。

2010年12月16日木曜日

当の農水省カヤの外、上告断念に衝撃…諫早開門 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

当の農水省カヤの外、上告断念に衝撃…諫早開門 (読売新聞) - Yahoo!ニュース

これはよかったんじゃないの。菅さんがやりたかったことっていうのはこういうことだよね。

でも、日本国の総理大臣ってのはこの程度の問題を扱う職じゃなかったってわけだ。宇宙人鳩山のときはとにかく(もう忘れたい)、市民運動・消費者運動の専門家で左翼である菅直人が総理大臣職でここまでつまづいたということが、彼らの国政での限界を示したのは確かだけど、こういう問題だってその地方の人にとっては重要だ。今回の決定がどういう帰結をもたらすかはわからない。でもそこに住んでいる人がその人達で決めて良いこともあるだろう。大体将来なんて100%の予測は不可能なので、官僚がいくら優秀だからって100%正しいかどうかはなにもわからない。だとするなら住民の話は、聞ける範囲なら聞くしかない。そして米軍基地のような問題は国際社会でよほどうまく立ち回らないとできないことで(無能でそれができずに踊っていた人はいたけど)、諫早とかは日本の政治家だけで片付けることのできる話だ。だったら政権交代の象徴としてこんなことはやったらいい。それで何か重大なダメージがある?なら次民主党を選ばなければいいだけだ。

結局のところこういうのをもう国がやるのをやめるしかないね。やっぱり地方分権だ。そうすれば、菅直人や左翼の運動家が重大な関心を向けるようなことはそもそも地方自治の問題であることが多くなるような気がする。彼らの多くは国政や国際情勢にほとんど興味がなかったっていうのが菅直人政権の失敗じゃないですかね。

ま、鳩山政権の失敗はそんなレベルではなく、夢想家を政治指導者にしてはいけないってことだったけど。民主主義が機能し、彼を早めにやめさせることができた日本国民を褒めてもらいたいほどだ。

2010年12月13日月曜日

Togetter - 「NHKスペシャル 『世界ゲーム革命』・・・加藤登紀子@TokikoKato女史がみた、日本のゲーム業界事情 ジブリもでるよ!」

Togetter - 「NHKスペシャル 『世界ゲーム革命』・・・加藤登紀子@TokikoKato女史がみた、日本のゲーム業界事情 ジブリもでるよ!」

パリから見ました。面白かった。

個人的に面白かったのはゲーム評価会社エンザイムの案内の人がフランス英語だったことかな・・・あと依頼したゲーム会社もフランスっぽかったし。日本も、アメリカスゲー、かねもってるなあっていってもそれは当たり前ってことにしないと。だってアメリカにいるのはアメリカ人じゃない、世界の人々なんだから。もちろん日本が世界で一番金もってた頃は違ったのかもしれないけど。少なくとも今はEUの一国程度よりは力を持っていることに満足しつつも、アメリカになる必要はないだろう。でもああやってみーんなフランス人もイタリア人も、英語でやりとりしてるのをネット住民が、自分たちに近い分野で見ることができたのはいい事だと思う。日本を恥じる必要はない。ただいたずらに愛国を叫んでも、それは結局国のためになんかならん。家にこもるな。外に出よ。そしてオタク、プログラマー達は、他の日本人よりも、海外には歓迎される人材なのではないのかなあ。

ところでかつてゲーム先進国だった日本が失速したというのが全体を通したテーマの一つだったけど、それをもたらしたのは日本経済の失速ではなく、携帯電話であることは明らかだと思う。ゲームは世界に進出し、経済の拡大並びに日本文化の輸出に役立っていたのに、それを衰えさせた携帯電話の方は、何もできなかった。当然その理由は、ゲームは完全に民間の産業だったのに対し、携帯電話はNTTがやっていたことがあるだろう。国家としてやるべきだったのは今からゲームを下支えしようなんてことじゃなくて、あのとき携帯業界に、ゲームと同じように外に出ろと言うことだったのだろうけど。まあ日本の官僚って、実際のところこれまでのほとんど全てで選択を間違えてきたんじゃないかと僕は思う。

しかし他の様々な業種と違って、中国人をみなかったなあ。なんでだろう。

まあ専門外から適当なこと言ってるだけですけどね。

2010年12月12日日曜日

とりのまるやき 小泉元総理 国会議員約10人と懇談 審議は「全部テレビで見ている」、大連立は「応じるべきではない」

とりのまるやき 小泉元総理 国会議員約10人と懇談 審議は「全部テレビで見ている」、大連立は「応じるべきではない」

昔から小泉純一郎大ファンの僕ですが、お陰さまで民主党政権が小泉人気をぶり返してくれているようで。ありがたや。うれしい。大好きなんです。ところで僕がいちばん気に入ったのはこいつだ。

[36890] 俺は小泉大っ嫌いだけど、政治家として優秀なのは間違いない。

それだ、一番重要なのはそこだ。気に入った。嫌いでいいんだ。自民党と民主党のどっちかで、好きか嫌いかはあるだろう。それでいいんだ。民主党的な左翼的政策が必ずしも悪くはない。むしろヨーロッパでは主流であるほどだ。正解は、21世紀現在ではまだわかっていないんだから。だが民主党は、悲しいほど政治家が無能だった、とくに前首相。政権を取るまで、政権獲得後にどう振舞うかのトレーニングをしていなかった。郵政相時代、クラシックを聞いて戦略を練っていた小泉との大きな違いだ。準備の違いだ。民主党を馬鹿にして喜んでいるネット住民も多いが、さすがにちょっと違う。政権党を攻撃するあまり、自分が政権党になって何をするか、まるで考えてこなかった。アタマが悪いんじゃない。覚悟が足りなかったんだ。

好き嫌いとは関係なくその政治家の能力を評価するというのは、マスコミが全くできていないことだ。戦前からずーーっとできていないことだ。しかしこういう意見が出てくる。これは政権交代の大きな効果だ。素晴らしい。日本はきっとよくなる。

2010年12月11日土曜日

Cocco/歌詞:強く儚い者たち/うたまっぷ歌詞無料検索

Cocco/歌詞:強く儚い者たち/うたまっぷ歌詞無料検索

昔、Coccoがとても好きなときがあった。あのときはなぜか住んでいたアパートがケーブルテレビを契約していて、スペースシャワーTVでこの歌を聞いた、というか見た。空想的な歌で、雲ひとつない青空と深く青い海に漕ぎ出でる船、その裏に横たわる闇のイメージが頭に浮かんだ。こんな歌は他にないように感じた。特に何かを訴えるでもない、何かの美しさを歌いあげるでもない。まっぼくはあまり歌は知らないんだけど。でも宇多田ヒカルが出た時も、椎名林檎が出た時も、この日本人アーティストはじつはアメリカのなになにのパクりだ・・・と言っていた友人も、 Coccoに対してはなにも言わなかった。だいたいメロディに何か飛び上がるような新鮮があるとかじゃない。Coccoの素晴らしいのはただ単に歌詞にある。と言っても書き下した詩として、世の中に残るかというとそれほどの素晴らしさではないけど、あの時代に生まれてきて表に出てきた歌としては優れていた。ただ思春期の女性があるまったりとした一日に、ふと頭に思い浮かべる耽美的な空想だと感じた。特に不健康には思わなかったな。

それからファーストアルバムのブーゲンビリアを借りてみて聞いた。こちらにはわりと病的な歌もあった。だけど、遺書という歌があった。信じられないくらい美しい歌だった。強く儚い者たちからはわからなかったけど、医学生だった僕は、ブーゲンビリアを聞いた後、これは精神分裂病のなりはじめか、境界型人格障害のどちらかだろうなぁと思った。芸術家としては理想的だと思ったものだ。今となってはそんな、専門外にくちだすような評価なんてしないけど(間違いが多いことがわかってるけど)、何かを知り始めた学生というのはそうやって全能感に浸るものだね。

そのあとの歌は、聞いてはいたし悪くない歌もあったけど、最初に感じた、特に遺書に感じた衝撃をもう一度感じることはなかった。ライブの時は裸足で歌うらしいというウワサがあって、実際ミュージックステーションで裸足で歌ったことがあったと思う。まあ上のようになまくら精神科的診断を下していたので、特に驚きはしなかった。そのうちCoccoは表舞台からいなくなった。治療目的だろうかなと思った。

戻ってきたCoccoは、以前と違っていた。表情は明るいし、靴も履いている。そしておとなになっている。境界型だったのかな。その中では非常にうまく克服した人だとも思える。幸せになってよかった。でも僕は遺書が一番好きかもしれない。