中国艦載ヘリが海上自衛隊の護衛艦に接近した件で、中国政府が日本に責任を押し付けようとしているらしい。
日本は今中道よりかなり左派寄りの民主党政権で、アメリカの影響を排除し在日米軍戦力を削減した上で中国と仲良くしたいように見える。これは明らかに中国の覇権にとってもよいことに違いない。ところが現在民主党政権は様々なつまづきによって支持率を失っている。ここにきてこの中国軍の暴論を聞かされてしまうと日本人はさっさとアメリカの庇護に戻ってしまうのではないの?中国にとってあまりに非合理的な判断のように思うのだが。わかんない国だなあー・・・
2010年4月27日火曜日
事業仕分け
理研は無難に乗り切ったようで、なによりだ。
ところで最も効率的にお金を節約したいなら、すべてのWindows OSをLinuxにし、すべてのMicrosoft OfficeをOpenOfficeにするのが一番だと思うんだが。なんの不都合があるんだろう。でも日本の無駄遣いってそういうとこに使われてないから、もともと頑張ってるソフトウェア部門で頑張ったってダメか。なんかそんなような議論を昔どこかでしたことあるような気がする。最も無駄が溢れている部門が何もしていないのに、もともと頑張っているところがより頑張る必要なんてないんだよ、と・・・
ところで最も効率的にお金を節約したいなら、すべてのWindows OSをLinuxにし、すべてのMicrosoft OfficeをOpenOfficeにするのが一番だと思うんだが。なんの不都合があるんだろう。でも日本の無駄遣いってそういうとこに使われてないから、もともと頑張ってるソフトウェア部門で頑張ったってダメか。なんかそんなような議論を昔どこかでしたことあるような気がする。最も無駄が溢れている部門が何もしていないのに、もともと頑張っているところがより頑張る必要なんてないんだよ、と・・・
2010年4月23日金曜日
舛添離党と外国人排斥
舛添は応援してるんだけど、ちょっとこの先厳しいかもしれないが。まあ頑張れって感じ。
そんなことよりYahooのコメント欄が恐ろしい。憎悪に満ちている。ほとんどが、「外国人参政権に賛成である舛添なんか出て行け、死ね」「売国奴」みたいな意見。なんてこった。舛添リポートとか呼んでないの?読めないか・・・
インターネットが普及し始めた20世紀末頃から、日本のマスコミや教育が古びたマルクス主義に支配されすぎているんでは?という主張が力を持ち始め、それには一定の説得力もあったことも確かだ。ところがいつのまにやら(気付かなかっただけなのだろうが)ここまで恐ろしいことになっているとは・・・たしかに平日のど真ん中に全力で外国人排斥的な意見を書き連ねていくのなんて所詮は引きこもりやいわゆる負け組の人たちで、フランスなどでも見られる単純労働者の極右支持と同様明らかにもとから外国人排斥運動に加担しがちな奴らであることはわかるにしても、それでもその他大勢の人々にも容易に目に触れる(しかも日本語を理解する外国人も見るであろう)Yahooのコメント欄にここまで憎悪に充ち溢れた外国排斥主義がはびこってしまうとは。これはやはり経済が失速する中、ユダヤ人排斥が強大な力を得た戦前ドイツと同じなのだろうか?当時のドイツにも今の日本以上に良識的な知識人はいたはずだが彼らの多くは亡命したり国外に去るか、国内で沈黙していた。彼らは日本の知識人よりはるかに自分の主義主張に忠実であると思われるが、何もできなかった。日本の良識人・・・ただでさえ自らの主義主張を世論と折り合いをつける傾向があるのに、これではやられてしまうのではないかと不安になる。国を滅ぼすほどの憎悪に。
まあ現実的にはナチスの再来を危惧する必要はないだろう、なぜならなあなあ日本人があれほどの差別心ムキ出しの政党をつくることはないだろうことと、もうひとつは少なくとも現時点ではしょせんブサイクなひきこもりの恨み節に過ぎなくて、日本を支える大多数の人々の意識とはちがうだろうから。それでもネットというものが、もし人間社会におおきな影響を与えるのだとしたら、これほどの醜い憎悪を呼び起こしてしまって、これからどれほど育ってゆくものか、身の毛のよだつ気もするものだ。
そんなことよりYahooのコメント欄が恐ろしい。憎悪に満ちている。ほとんどが、「外国人参政権に賛成である舛添なんか出て行け、死ね」「売国奴」みたいな意見。なんてこった。舛添リポートとか呼んでないの?読めないか・・・
インターネットが普及し始めた20世紀末頃から、日本のマスコミや教育が古びたマルクス主義に支配されすぎているんでは?という主張が力を持ち始め、それには一定の説得力もあったことも確かだ。ところがいつのまにやら(気付かなかっただけなのだろうが)ここまで恐ろしいことになっているとは・・・たしかに平日のど真ん中に全力で外国人排斥的な意見を書き連ねていくのなんて所詮は引きこもりやいわゆる負け組の人たちで、フランスなどでも見られる単純労働者の極右支持と同様明らかにもとから外国人排斥運動に加担しがちな奴らであることはわかるにしても、それでもその他大勢の人々にも容易に目に触れる(しかも日本語を理解する外国人も見るであろう)Yahooのコメント欄にここまで憎悪に充ち溢れた外国排斥主義がはびこってしまうとは。これはやはり経済が失速する中、ユダヤ人排斥が強大な力を得た戦前ドイツと同じなのだろうか?当時のドイツにも今の日本以上に良識的な知識人はいたはずだが彼らの多くは亡命したり国外に去るか、国内で沈黙していた。彼らは日本の知識人よりはるかに自分の主義主張に忠実であると思われるが、何もできなかった。日本の良識人・・・ただでさえ自らの主義主張を世論と折り合いをつける傾向があるのに、これではやられてしまうのではないかと不安になる。国を滅ぼすほどの憎悪に。
まあ現実的にはナチスの再来を危惧する必要はないだろう、なぜならなあなあ日本人があれほどの差別心ムキ出しの政党をつくることはないだろうことと、もうひとつは少なくとも現時点ではしょせんブサイクなひきこもりの恨み節に過ぎなくて、日本を支える大多数の人々の意識とはちがうだろうから。それでもネットというものが、もし人間社会におおきな影響を与えるのだとしたら、これほどの醜い憎悪を呼び起こしてしまって、これからどれほど育ってゆくものか、身の毛のよだつ気もするものだ。
2010年4月15日木曜日
2010年4月12日月曜日
「急性腹症の疑い」ってなんじゃいな
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100411-00000532-sanspo-ent
大塚愛が「急性腹症の疑い」があると診断されたために仕事を休んでいたそうな。
いや、いいんだ、所詮サンケイスポーツだ。・・・そうは言ってもねえ。急性腹症というのは病態生理学的に規定された明確な疾患概念ではない。救急診療の現場において、緊急に方針を決めるべき腹部症状を呈する疾患群のどれかに当てはまる可能性の高い状態を急性腹症というわけだから、急性腹症に「うたがい」なんてない。急性腹症であるか、ないか、それだけだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Acute_abdomen
上記英語版Wikipediaを引用したが、日本語版Wikipediaの記述は壊滅的な感じ。「かつて確定診断の精度が低かったときは仮に急性腹症の用語を用いていたが、現在では迅速な診断が可能となっている。」←急性腹症の意味をまるでわかっていない。
重要なのはその急性腹症を起こしていた原因が何であるかではあるが、急性腹症と診断すること自体にも十分意味がある。救急の現場の医療チームが今から全力で原因検索と治療に当たらなければならないと言う意思統一に役立つからだ。
やっかいなのは、日本というなんとなく馴れ合いで医療を進めていくシステムのもとでは、医者自身が「急性腹症のうたがい」なんてアホなことをいいかねないことだ。しかもそういう医者が必ずしも無能というわけではなく、ときに判断能力や治療手技などは素晴らしかったりして、しかし言葉の定義などが間違っていたりする。日本の体育会系知識労働(医療行為のことだ)においてはしかも、このような医師の方が尊敬され、定義をうんぬんする輩を軽蔑したりすらする。集団IQが低いからか・・・(便利な言葉だなあ)
だが定義は大事だ。特に長いスパンをかけて、医療全体と言う広い視野で、日本人全体を対象とした医療レベルの向上を考えたとき、また後輩の育成を考えたとき、定義がなければ正しく知識の伝達がなされない。それはまさしく今の日本の医療の根本的な問題点だ。だからここにメモしてみた。
大塚愛が「急性腹症の疑い」があると診断されたために仕事を休んでいたそうな。
いや、いいんだ、所詮サンケイスポーツだ。・・・そうは言ってもねえ。急性腹症というのは病態生理学的に規定された明確な疾患概念ではない。救急診療の現場において、緊急に方針を決めるべき腹部症状を呈する疾患群のどれかに当てはまる可能性の高い状態を急性腹症というわけだから、急性腹症に「うたがい」なんてない。急性腹症であるか、ないか、それだけだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Acute_abdomen
上記英語版Wikipediaを引用したが、日本語版Wikipediaの記述は壊滅的な感じ。「かつて確定診断の精度が低かったときは仮に急性腹症の用語を用いていたが、現在では迅速な診断が可能となっている。」←急性腹症の意味をまるでわかっていない。
重要なのはその急性腹症を起こしていた原因が何であるかではあるが、急性腹症と診断すること自体にも十分意味がある。救急の現場の医療チームが今から全力で原因検索と治療に当たらなければならないと言う意思統一に役立つからだ。
やっかいなのは、日本というなんとなく馴れ合いで医療を進めていくシステムのもとでは、医者自身が「急性腹症のうたがい」なんてアホなことをいいかねないことだ。しかもそういう医者が必ずしも無能というわけではなく、ときに判断能力や治療手技などは素晴らしかったりして、しかし言葉の定義などが間違っていたりする。日本の体育会系知識労働(医療行為のことだ)においてはしかも、このような医師の方が尊敬され、定義をうんぬんする輩を軽蔑したりすらする。集団IQが低いからか・・・(便利な言葉だなあ)
だが定義は大事だ。特に長いスパンをかけて、医療全体と言う広い視野で、日本人全体を対象とした医療レベルの向上を考えたとき、また後輩の育成を考えたとき、定義がなければ正しく知識の伝達がなされない。それはまさしく今の日本の医療の根本的な問題点だ。だからここにメモしてみた。
2010年4月9日金曜日
2010年4月3日土曜日
世界初のPC論争
ITメディアから引用したYahooニュースが、「世界初のPCをつくったエド・ロバーツが亡くなり、関係の深かったビルゲーツが悲しんでいる」と言っているのだがどーも僕の記憶と違う。
最初のPCが何かというのは、教科書に書いていないこともあって人によって微妙に異なっていたりする。例えば僕が中学生だったとき、NECのTK-80が世界初のPCだとする夏休み自由研究があったりしたものだ。それはさすがに暴論だわ。
Wikipediaだけとっても、日本語版はエドロバーツのアルテアが最初としているけど、英語版は"The first complete personal computer was the Commodore PET"としていて、それ以前の歴史は1960年代頃からの流れを漠然と追っている。
このページに書いてあるのがなんだか僕らのように、Microsoftの支配が確立する前からPCに触れていた人たちの気分を表しているだろう・・・
このページではSimonとかいう超ふるいコンピュータを初のPCとしていて、それかどうかはわからない。とにかく「最初のパーソナルコンピュータ」選びは、単なる定義の問題になってしまうのだが、定義を突き詰めるとどうやっても、「最初にMicrosoftのソフトウェアが走ったコンピュータ」であるアルテアにはならないようだ。定義によって、それがなんであるかは人によって異なる。ただ一つ誰もが認める解答がある。「世界で初めて、商品としてきちんと売り物になったパーソナルコンピュータはなんであるか」それはApple IIであって、間違いない。
しかし現在、Microsoftが「Altairが世界最初のパーソナルコンピュータだ」と言っている。怠惰なマスコミは、それの裏を取ろうともしないだろう。そうやって勝者の歴史が作られていく、その過程を、アンチマイクロソフトの人々はこの20年間なんども見せつけられてきた。
最初のPCが何かというのは、教科書に書いていないこともあって人によって微妙に異なっていたりする。例えば僕が中学生だったとき、NECのTK-80が世界初のPCだとする夏休み自由研究があったりしたものだ。それはさすがに暴論だわ。
Wikipediaだけとっても、日本語版はエドロバーツのアルテアが最初としているけど、英語版は"The first complete personal computer was the Commodore PET"としていて、それ以前の歴史は1960年代頃からの流れを漠然と追っている。
このページに書いてあるのがなんだか僕らのように、Microsoftの支配が確立する前からPCに触れていた人たちの気分を表しているだろう・・・
Unfortunately for computer history buffs, the Altair is often mistakenly called the first personal computer by Microsoft-loving journalists who don't know any better.
このページではSimonとかいう超ふるいコンピュータを初のPCとしていて、それかどうかはわからない。とにかく「最初のパーソナルコンピュータ」選びは、単なる定義の問題になってしまうのだが、定義を突き詰めるとどうやっても、「最初にMicrosoftのソフトウェアが走ったコンピュータ」であるアルテアにはならないようだ。定義によって、それがなんであるかは人によって異なる。ただ一つ誰もが認める解答がある。「世界で初めて、商品としてきちんと売り物になったパーソナルコンピュータはなんであるか」それはApple IIであって、間違いない。
しかし現在、Microsoftが「Altairが世界最初のパーソナルコンピュータだ」と言っている。怠惰なマスコミは、それの裏を取ろうともしないだろう。そうやって勝者の歴史が作られていく、その過程を、アンチマイクロソフトの人々はこの20年間なんども見せつけられてきた。
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