2010年12月9日木曜日

分子神経科学・統合生理学 公式ブログ : 基礎研究で成果を上げるのは「先進国」としての責任

分子神経科学・統合生理学 公式ブログ : 基礎研究で成果を上げるのは「先進国」としての責任

書かれていることはまったく同意だ。欧米においては普遍的な考え方だから特に説明は要らない感じはある。しかし日本では説明しなくてはならない。まあこれだけで科学研究にとっては相当な痛手だ。もとよりハンデを背負っている。

ブログへの一つ目のコメントがひどすぎる。いきなり、本文が最初に飲み込んでいるはずのこと、つまり基礎研究はお金にならない、お金配るべき・・・と主張している。いやそれ本文の一番最初に書いてるけど・・・それでもなお基礎研究を志向する理由を述べた文章だと思うんだけど。

こういった読解力のない人間というのはいるわけで、別に日本人全員素晴らしく頭良くなって、他人の文章ちゃんと読んでから反駁しろとは言ってない。ただそういう人間は口出さないで欲しいのだ、正直。だってどうしようもないじゃない。知的に劣った人間が、知的に優れた人間につっかかって、知的に優れた人間がそれに一生懸命対処したなら、彼が本来なすべき仕事に割くべき時間が失われる。

愚かなものが優れたものを攻め立て、圧倒し、黙らせる。実際日本ではよく起こっていることだと思う。もちろん優秀な軍人に任せ切りにしちゃったら太平洋戦争に負けるわ、優秀な官僚に任せ切りにしちゃったらバブル崩壊するわ、国民のみなさんが「優秀」なる人間なんかこれっぽっちも信頼しなくなっちゃってもしょうがないとは思う。だからって、愚かな人間の意見をなんでも通せばいいってもんじゃない。なんでもかんでも、上記のような読解力のかけらもない意見を恥ずかしげもなく主張できるようではいかんと思うのだ。

欧米でも同じでは?と思われるかもしれない。僕もそう思っていた。どこに違いがあるのだろう。僕は今フランスにいる。国の財源が乏しくなったので年金支給年齢を引き上げるというサルコジの政策がある。サルコジもあまり評判のいい政治家ではないが、しかしこの法案についてはしょうがないだろう。今は金融危機で、いずれにせよ財源が底を付けば将来払えなくなる。一方、労働者が大規模なデモを行った。まあ見方は色々あろうがこれもしょうがないだろう。彼らにとっては人生がかかっている。老後の生活がかかっている。彼らは意見を主張する権利がある。しかし国家としては?フランス国家、フランス人が、今も、将来も、幸せで在り続けるためには?・・・そりゃない袖振れないんだからサルコジの政策を通すしかないだろう。国民は激しくデモを行った。しかし議会は法案を通し、大統領は署名した。立派なことだと僕は思った。知的に劣った人たちというのはいる。そういう人たちが将来を見通したり、国家、国民全体に責任をもつような判断をできないのはしょうがない。だが、そこがしょうがないことと、最終的な決定にそれを取り入れるかどうかというのはまったく別問題なのだ。最終決定は、知性によってなされるべきである。そうでなければ国家は、人類は滅亡する。しかしその見返りとして高貴な地位にある人間たちが果たすべき義務、それがNoblesse obligeである。

アメリカも同じだ。こっちは反対の理由はよくわかんないんだけど、国民皆保険に対する強い反対があった。しかしオバマは信念のもと、法案を成立させた。

これが政治である。これが民主主義国家である。民主主義には二段階の多数決がある。国民が政治家を選ぶ多数決、そして政治家が法案を採否する多数決。なぜ?それは、優れたものも劣ったものも混在するが基本的には知性の高い人間の割合は非常に少ない「全国民」によって法案を見てしまったら、すぐにでも衆愚政治になるからだろう。そういうふうにギリシャの哲人は言っている。「国会議員」なる優秀な人間からなる集団をまず選び、そしてその優秀な人間たちがその知性を持って法案を採決する・・・なんで日本がそうなってないのか(政治家が無能)についてはいくらでも話すことはあろうが、まあ理念としてはこういうことのはずだ。だから、上記フランスなど特にそうだったが、現時点で国民の多数が(圧倒的多数でない限り)反対に回ったとしても、その知性を求められて選出された国会議員たちは、自らの判断のもと法律を通していいはずだ。そうでなければ衆愚政治だ。それが日本の姿だと、そして根本的な日本の衰退の理由だと思っている。

たとえば経済はどうするか?農業はどうする?公務員を削減するにはどうすれば???・・・政治家は、もちろん国民の意見を反映する、国民の代表だ。しかし時には、みずからの高い知性のもと、国民の望んでいないことを毅然と成し遂げなければいけないこともあるはずだ。そしてそういった権利をもたらされる政治家は、あとでnoblesse obligeを果たせばよい。NPOに寄付しても、世界平和に貢献しても、なんでもいい。今の政治家のように、国民の顔色を常に伺いながら、国際社会にはついぞ貢献せずぽっくり死んでしまうような者たち、nobleのかけらも感じ無いような人間たちでなければ、なんでもいいと僕は思います。

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